ダ・ヴィンチ展

『レオナルド・ダ・ヴィンチと
 「アンギアーリの戦い」展
  〜日本初公開
  「タヴォラ・ドーリア」の謎〜』

...を開催中の広島県立美術館で、ウェブレポーター(※)に参加してきました。

未完成のまま幻となったレオナルド・ダ・ヴィンチの壁画『アンギアーリの戦い』の中心場面《軍旗争奪》シーン。...それを模写した『タヴォラ・ドーリア』(ドーリア家の板絵)を中心とした展覧会。

初めに、当時の時代背景の紹介として、マキャベッリ、チェーザレ・ボルジア、サヴォナローラなど名だたる人々の肖像画や処刑画(!?)などの導入部がありました。

途中、ミケランジェロとレオナルドの確執などにも触れられており、人間模様から少しずつ当時の時代の様相が肌感覚として近づいてくる思い。

とりわけ、ルネサンス特有の落ち着いた深い《赤》を見るたびに、歴史絵巻のベースに流れる通奏低音さながら、時の《厚み》のようなものが、目の奥に層となって織り重なっていく感覚が心地よかったです。

主題の『タヴォラ・ドーリア』は、人馬入り乱れて戦う迫真の息づかいが見事でした。

そしてまた、レオナルドの残した優れた作品が、その当時や後の時代の画家たちにどれほど深い影響を残したのか、その証明ともいうべき様々な芸術家の模写・製作物の点数の多さ、表現のバリエーションに感心しました。

倣うべき師であり、乗り越えるべき目標でもあったその壁画が、失われてもなお芸術家たちの目の奥に、象徴としてイデアとして生き続け、描き継がれてきたというのは、感慨深いことですね。

*・*・*・*・*

3階カフェの特別展メニュー《濃厚ティラミスで味わう! ふわふわメープルシフォンプレート》。
色合いの秋らしさを、縮景園の景色を眺めながら美味しくいただきました?
あ、フレーバーティーは、アプリコットオレンジです。

(※)ウェブレポーター...展覧会の魅力をウェブやSNSで情報発信するレポーターです。






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    MIEL ORANGE




    フランス在住の友人よりいただきました。

    ひさびさのダマン・フレール。

    MIEL ORANGE
    (はちみつオレンジ)

    封を切ると、やわらかな香水の記憶が立ちのぼりました。

    街中が香水と花の香りで満ち溢れている...とも言われる、南仏の街グラース・香水博物館を訪れたときの記憶でした。

    香水の製造過程や、昔ながらの加工技術の紹介などを見て回り、最後にミュージアムショップで出会った"LUNE de MIEL"という美しい名前の香水。

    けむるようにやわらかく、甘いけれど媚びるわけでもなく、そっと寄り添うような、なんとも優しい香り。さながら生まれたての天使の羽のよう。

    《ダークレッドの飲める香水》と名づけたくなる粋な紅茶だったのです。

    茶葉の量か温度のせいか、淹れたてはやや香りが立ちすぎて、どうかな...とも思ったのですが、少し冷めてからの喉ごしが本当によくて、中国茶葉らしい奥行きと、揮発が進み軽くなったパルファンの香りが、とても繊細に感じられます。

    チャレンジャーかなと思いつつ、濃く煮出して、ミルクとココナッツシュガーを合わせると、意外にもバランスがとれていておいしい。

    やっぱりダマンはすごい。

    ちなみに、LUNE de MIEL はHoney Moon、つまり《蜜月》のことだそうですね。

    もし私が西風の神ゼフュロスなら、アモールとプシュケの天蓋に、この香りを運びたいです。

    *・*・*・*・*

    thés noir, arôme miel,
    écorces d'orange,
    huile essentielle d'orange douce

    紅茶・はちみつフレーバー・オレンジピール・スイートオレンジ精油
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      祈りの日


      8/4(金)はYの登校日で、平和集会がありました。

      今年度に関しては、行政上?の理由から、8月6日《原爆の日》を登校日にすることができないための、前倒しでした。


      校長先生からの(Y曰く)「こわい」お話しを聞き、《折り鶴のとぶ日》を歌ったとのこと。クラスごとの代表による、作文の朗読もあったようです。

      Y「ぼく、生き残った人がいるから、そんなにひどくないのかと思ってたけど、違ってた。家に帰りながら想像したら怖くなった」

      ...そう。私も、子どもの頃、恒久平和への想いよりも先に、ただただ怖い...という意識を植えつけられたように、今では思います。



      6月から始まった平和学習として、絵本精読、小学校跡地での慰霊祭参列、折り鶴集会では語り部のお話しを聞いてきたYたち。

      8月6日午前8時15分には、各自で黙祷をするように、と教わったそうです。



      私も広島に生まれ育った者として、毎年、黙祷してきています。昨年までもYといっしょに黙祷を捧げましたが、小学校で平和学習を重ねてきた彼とともに祈りを捧げるのは、とても意義深いことに思われます。

      私個人としては、たとえば世界平和のために表立ったことをしようとまでは思わない、平均的な市民だと思うのですが、それでも、県外出身者である良人と8月を過ごすたびに、意識の違いを少し感じます。(良し悪しの話ではなくてね。)

      考えてみると、Yは私にとって、広島の平和教育を受けて育つという意味では、初めての 家族 なのですね。

      平和教育...つまり、大切でありながら、同時に怖い思いもするもの...それを、子どもの頃から心のどこか(真ん中に近いところに)透明な結晶として抱えて過ごしていく《同胞》とも言えるのでしょうか。

      そして良人は、広島で生まれ育つ息子の父親として、新たに《広島》に接していくことになるのでしょう。



      来年度からはおそらく、8月6日の朝を小学校で過ごすことになるようです。
      中学生にもなると、母といっしょに黙祷してくれる期待はあまりできなさそう。

      となると、今年の8月6日はとても貴重な機会ということになります。

      そんなことを思いながら、膝の上にYを座らせ、ずっしりとした重みを感じつつ、いっしょに手を合わせました。

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